苦労
- kotobukishinkyuin

- 16 時間前
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昨年のちょうど今頃、伸び悩んでいた僕はある事を思いつきます。
「人が成長する為には苦労が無ければ成長できないのか」
それも割と重い問題を抱える必要があるのではないか?
そう考えていました。
短絡的ですが、成功した偉人の本を読んだり成功している人の半生を描いたものの多くは
一般的な家庭、もしくは裕福な家庭の人よりも、
地獄のような所から這い上がってきたり、普通の人では到底思いつかない様な問題をクリア
してきた人が多いなと感じていたことも僕がこの考えに至った背景の1つです。
そしてもう1つ、僕がこの考えに至った理由ですが僕は人からたまに
「お前の苦労は苦労しているうちに入らない」
こう言われた事があるから自分の苦労と人の苦労を比較してしまう
傾向にあるのだと思います。
僕は苦労が全くない人間ではありません。
この記事を読んで下さっている多くの方々も何かしらの苦労を乗り越えている筈。
みんな自分にしか分からない、その人なりの苦労を抱えています。
僕が伝えたい事は
「苦労は比較するものではない」という事。
たしかに苦労の重みに差があるのは明白。
例えば
戦争に巻き込まれた人が感じる苦労と頑張ってるのに試合になかなか出れない人の苦労。
どっちが大変ですか?
と聞かれた時、多くの人は戦争に巻き込まれた人。というでしょう。
では頑張っているのに試合になかなか出れない人は苦労していない。と言えますか?
違いますよね。
どちらも苦労しているし本人は辛いのです。
苦労を比較して、私の方が辛い。あなたよりあの子の方が大変な思いをしている。
だから貴方もしくは私はもっと頑張れるよ。
こんな苦労の擦り付け合い必要ありますか?
必要な事は相手も自分もまずは自他ともに苦労を認める事。
自分の苦労を忘れない。自分の経験を大切にする。
そしてそれは自分以外の人にも同じ事が言えます。
自分の事が分かっていれば人の気持ちが分かるでしょう?
自分の事が分かっていれば人と苦労を比較する必要なんてない。
いまお越し頂いている患者さんの中にも辛い経験真っ只中という人もいますし
それを克服した方もまた多くいらっしゃいます。
どうか苦労を比較して自分の首を絞める様な事は辞めて下さい。
まじめな人ほど、繊細な方ほどやりがちですが自分の為にはなりません。
無神経に人から言われる時もあるかもしれませんが
自分を大切に。自分の今までの生き方を自分だけは全肯定してあげて下さい。
苦労できるキャパも人それぞれ。
人の数だけ正解も歩む道もあるんです。
ぼくは辛い時、特に昨年末。
家族・友人に本当に助けられました。
こんなに人は温かいのか。いい友達を持つ事が出来て良かった。
改めて人と繋がる強さを感じさせられました。
患者さんは友人や家族に言いにくいことがあれば僕にこそっと言って下さい
家族や友人ではないからこそ言える話もあると思います。
人に共有したり喋る事でしか解消できないものも僕はあると思います
一種の治療というかセラピーに近いのかな?
自分の辛さを和らげる為に僕を上手に使って下さいね
治療以外の事でも協力できることがあればお力お貸しいたします




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